
嘔吐のために ― 吐き方が分かれば、家でできることがあります
長いあいだ、そう言われてきました。ネコさんは吐くもの。毛玉なんだから仕方ない。時々なら心配ない——。
けれど、この20年余りのあいだに、私たちがご相談を通して見てきたことと、獣医療が確かめてきたことは、どちらも同じ方向を指しています。吐くという行為そのものが、からだからのサインです。
慢性的に吐いているネコさん100頭の腸を、開腹して全層まで調べた研究があります。その大多数から、小腸の慢性的な病気が見つかりました。対象の73%に日常的な嘔吐があり、その73%は、それまで「よく吐く子」として見過ごされていた子たちです。
だからといって、吐いたらすぐ病院へ、と申し上げたいのではありません。むしろ逆です。吐き方を細かく観察できれば、家でできることは驚くほど多い。 そして、どうしても急がなければならない場面は、実はそう多くありません。その見分け方さえ持っていれば、あわてずに済みます。
シッポちゃんが吐いたとき、いつ、何を、どんなふうに、直前はどうだったか、直後はどうか、頻度は——そこまで説明できるところまで状況を把握できれば、解決の糸口はもう見えています。
1. 「吐く」は、1つの言葉で3つのことを指しています
まずここを分けないと、この先の話が全部ずれてしまいます。
嘔吐(おうと) は、胃や小腸の上のほうにある中身を、腹筋を使って能動的に押し出す動きです。その前によだれが出たり、落ち着かなくなったり、くり返し唾を飲み込んだりする「吐き気」の時間があり、そのあと「うぇっ、うぇっ」というえずきが来ます。出てくるものは、消化されかけたごはん、胆汁、泡。
吐出(としゅつ) は、まだ胃に届いていないもの——つまり食道に留まっていたものが、受動的にぽろっと出てくることです。げっぷに近い出かたで、腹筋の収縮もえずきも起きません。 出てくるのは未消化のままの形をしたごはんで、粘液に包まれて筒のような形をしていることもあります。吐き戻したあとはケロッとしていて、すぐにまた食べられることも多いです。
喀出(かくしゅつ) は、気道やのどから出てくるもの。咳の延長で、えずくような咳をしたあとに泡状の痰が出ます。これは消化器の問題ではありません。
同じ「吐いた」でも、嘔吐なら胃と腸、吐出なら食道、喀出なら気道——疑う場所がまったく違います。 見分けるときは、出てきたものより「出るときの動き」を見てください。お腹がぐっと縮んだかどうか。えずきがあったかどうか。それだけで、嘔吐と吐出はかなり分けられます。
そして、いちばん確実なのは動画に残しておくことです。ご自身が後から見返して「これは吐出だった」と気づけることが、本当に多いのです。

2. 1度で終わる吐き方と、くり返す吐き方
ここが、いちばん行動の分かれ目になるところです。
1度きりで、そのあとケロッとしている。 ごはんを食べる。遊ぶ。便もふつう。——このとき、からだは「入れたくないもの」を戻して、それで済んだと考えられます。食べすぎ、早食い、フードを急に変えた、拾い食いをした。原因が思い当たり、その原因を外せるなら、家で見ていける範囲です。次のごはんは量を減らして、様子を見てください。
くり返している。 何度も吐き、だんだん出るものが無くなって、液体や泡、黄色い胆汁になっていく。元気がない。食べない。水も飲めない。下痢を伴う。——このときは、原因がまだ体の中に残っているか、出したくても出せないかのどちらかです。
ただし、回数だけで線を引くことはできません。「何回までなら様子見」という数字は、どこにもありません。回数と、そのあとの様子を、両方見てください。
- 回数が増えていく/短い時間にくり返す/水を飲んでも保てない ——見た目が元気でも、相談の領域です。
- 1度きりでも、ぐったりしている/お腹が張っている/血が混じっている/何かを口に入れた心当たりがある ——これは急ぎます。
そして、「吐こうとしているのに、何も出てこない」だけは、回数とまったく関係なく別扱いです。これについては第4章で詳しく書きます。
ネコさんには、これとは別の目安もあります。草以外のものを、月に2回を超えて吐いているなら、それは「よくあること」ではありません。 これは獣医療の側から提案されている線引きで、第5章で改めて触れます。
書きとめていただきたいこと
くり返している子については、次のことをノートに書きためてください。これがそろっていると、原因の絞り込みが一気に進みます。
- いつ・何を … ごはんの何時間後か。未消化のごはんか、泡か、黄色い液か、毛か、血か。
- どんなふうに … お腹が縮んだか。えずいたか。すっと出たか。
- 直前と直後 … 食べた直後か、走ったあとか、車に乗ったあとか。そのあとケロッとしているか、ぐったりしているか。
- 頻度と体重 … 週に何回か、増えているか。体重は月に一度でよいので測ってください。
とくに体重は、飼い主さんにしか測れません。 じわじわ落ちているなら、それは体が栄養を受け取れていないということです。ただし体重だけで「大丈夫」とは決められません(詰まりかけているとき、甲状腺の病気のときなどは、保たれたまま進みます)。手がかりの1つとして記録してください。
3. からだが吐くとき、何が起きているのか
吐くという動きは、脳の延髄にある嘔吐中枢が号令をかけて起こります。ここには、4つの方向から情報が入ってきます。
- 1つめは、血液から。 延髄には化学受容器引金帯(CRTZ)という見張り番があり、飲み込んだ毒物、腎臓が捨てきれず溜まった老廃物、薬の成分に反応します。
- 2つめは、胃腸そのものから。 胃や腸の壁の迷走神経が、炎症、急な膨らみ、刺激物を感じ取ります。
- 3つめは、耳の奥から。 三半規管(前庭)が揺れを感じると、吐き気につながります。乗り物酔いはこれです。
- 4つめは、大脳から。 痛み、におい、強いストレス。
つまり嘔吐は、「胃腸の症状」ではありません。 腎臓の状態も、耳の中の揺れも、心の負荷も、同じ1つの中枢に集まってきます。「吐いているから胃腸の薬」で片付かないのは、このためです。このあと第13章で吐き気止めの話をしますが、薬によって効く入口が違うのも、ここが理由です。
からだが吐くのは、「入れたくないものを、腸を通過させる前に外へ出す」ための働きでもあります。ですから、出したいものがはっきりしていて、それを出し終えたなら、吐くこと自体は役目を果たしています。問題は、出すべきものが無いのに吐き続けている場合と、出したくても出せない場合です。 前者は体力を削るだけですし、後者は急を要します。
4. 【安全メモ】急がなければならない3つの場面
ここだけは、はじめにお伝えしておきます。この3つは、時間との勝負になる場面です。 そのあとに、「3つほど切迫してはいないけれど、待たないほうがよい」目安も並べます。
⚠ その1 ── 吐こうとしているのに、何も出てこない
吐いていることより、「吐こうとして出ない」ほうが危険です。
何度もえずくのに何も出てこない。よだれが出る。落ち着かずに歩き回る。お腹が張ってくる。——胃がガスで膨らんでねじれてしまっている可能性があります。胃拡張胃捻転と呼ばれる状態で、血流が止まるため、数時間でショックに進みます。
大型で胸の深いワンちゃん(グレートデン、シェパード、セッター、スタンダードプードルなど)に多く起こります。進むと、足を開いて立つ、呼吸が荒くなる、歯ぐきが白くなる、倒れる、という順に変わっていきます。
早い段階では、まだ歩けますし、意識もあります。「まだ元気そうだから」がいちばん危ない場面です。
⚠ その2 ── 見えている糸を、絶対に引っぱらない
ネコさんに圧倒的に多いのが、糸・毛糸・ひも・リボン・ビニール紐を飲み込んでしまう事故です。
糸の片端が舌の付け根や胃の出口に引っかかったまま、腸だけが糸を先へ手繰り寄せようとします。すると腸が蛇腹のようにたぐり寄せられ、糸が腸の壁を内側から切っていきます。 放っておけば穴が開き、腹膜炎になります。
嘔吐、食欲がない、元気がない、お腹を触られたがらない、伏せたがらない、隠れる。こうした様子があって、糸を飲んだ心当たりがあるときは急いでください。
そして、口や肛門から糸が見えていても、絶対に引っぱらないでください。 引くと腸が切れます。見つけたら、そのままの状態で獣医さんへ。これだけは、ご家庭で守っていただきたい具体的な注意です。
⚠ その3 ── 中毒・誤食は、「止める/止めない」をご家庭で判断しない
食べてはいけないものを口にした可能性があるとき。ご家庭で吐かせようとせず、薬も飲み物も食べ物も与えず、すぐに動物病院へ連絡して、その指示に従ってください。
塩や消毒液を飲ませて吐かせる、という方法が語られることがありますが、飲んだものが腐食性のものだった場合、石油系のものだった場合、意識がもうろうとしている場合には、取り返しのつかない害になります。 何を飲んだかによって、吐かせてよいかどうかが変わります。それは電話口で獣医さんが判断することです。
「食べたらすぐ病院へ」と、一律に並べないでください
よく見かける「これを食べたらすぐ病院へ」という一覧は、きわめて危険なものと、量によっては平気なものが、同じ並びで書かれています。 これは、かえって親切ではありません。
タマネギを食べても平気だった子は、たくさんいます。問題は食べた量であって、口にした子のすべてが溶血性貧血になるわけではありません。
ただし、ここに落とし穴があります。 タマネギ類の症状は、食べたその日ではなく、数日たってから出てくることがあります。「今、元気にしている」ことは、安全の確認にはなりません。 そして粉末や乾燥品は、生のものより濃縮されているぶん危険です。
だからこそ——「すぐ病院へ」ではなく、「食べた量と、その形(生か、加熱か、粉末か)を伝えて、対応が要るかどうかを確かめる」。これが正確な行動です。
一方で、キシリトールは、そういう話ではありません。 ごく身近な甘味料でありながら、ワンちゃんにとっては別格の危険物です。身近だからこそ、なかなか信じてもらえない——それがいちばん怖いところです。
危険の段階を分けて、覚えておいてください。 ただし——どの段階であっても、①食べた量が分からない ②すでに何か症状がある ③子犬・子猫 ④持病がある、このどれかに当てはまるなら、迷わず連絡してください。段階は「待ってよい理由」ではなく、「どれだけ急ぐか」の目安です。
| 連絡の急ぎ方 | もの | どうなるか |
|---|---|---|
| 【すぐ連絡】少量でも命に関わる | キシリトール(ワンちゃん)※「白樺糖」「バーチシュガー」と表示されていることがあります | 重い低血糖。早ければ10分から1時間ほどでふらつき・けいれん・昏睡。遅れて出ることもあるので、症状がなくても待たずに連絡してください。量が多いと肝臓が壊れます。製品によって含まれる量が大きく違うので、「少ししか食べていない」が危険量ということが起こります。 ネコさんではワンちゃんのような重い低血糖は確認されていませんが、与えてよいという意味ではありません |
| ユリ(ネコさん)※Lilium属・ヘメロカリス(ワスレグサ) | 急性の腎障害。花粉を舐める、花瓶の水を飲むだけでも。0〜12時間で吐き、よだれ、食欲が落ちます。ワンちゃんではふつう軽い胃腸症状で済みます | |
| 不凍液(エチレングリコール) | ごく少量で腎不全。甘い味がするので自分から舐めます | |
| 人の解熱鎮痛薬 | アセトアミノフェンはネコさんに極めて危険(無毒化する仕組みをほとんど持っていません)。イブプロフェンやアスピリンは、ワンちゃんネコさんとも胃潰瘍・腎障害。薬の種類と量で危険度が変わるので、飲んだ薬の名前を必ず伝えてください | |
| 殺鼠剤・ナメクジ駆除剤 | 商品によって成分がまったく違い、出血が止まらなくなるもの、けいれんを起こすもの、腎臓をやられるものがあります。必ずパッケージを持って連絡を | |
| 【速やかに連絡】量と形を伝えて判断を仰ぐ | ブドウ・レーズン、そして意外な2つ | 下に別項 |
| チョコレート・カフェイン | カカオが濃いほど危険。興奮、頻脈、けいれん | |
| タマネギ・ネギ・ニラ・ニンニク | 赤血球が壊れて貧血。量による。ネコさんのほうが赤血球が酸化に弱い | |
| アルコール | 少量でもふらつき、低血糖、低体温 |
傷んだもの、脂の多い人の食べ物、観葉植物は多くが胃腸症状で済みますが、植物は種類によって毒性がまったく違う(ソテツやキョウチクトウのように命に関わるものもあります)ので、名前の分からない植物をかじったときは、写真を撮って必ず相談してください。
ブドウ・レーズンと、聞き慣れない2つの名前
長らく正体が分からなかったブドウ・レーズンの毒性について、2021年に酒石酸(しゅせきさん/タルタル酸)が有力な候補だと報告されました。ただし、なぜワンちゃんだけがこれに弱いのか、その仕組みはまだ十分に解明されていません。
経過としては、数時間以内に吐くことがあり、腎臓の異常がはっきりするのは1日から3日後です。症状が出るのを待たずに連絡してください。
そしてこの発見によって、それまで誰も注意していなかった2つのものが、危険物の仲間入りをしました。
- タマリンド … マメ科の果実です。ウスターソース、カレー、エスニック料理の酸味として使われています。名前を知らないまま、台所にあることがあります。
- クリームターター(酒石酸水素カリウム) … ベーキングパウダーの成分、メレンゲやお菓子作りに使われる白い粉です。
どちらも、ブドウ中毒と同じ腎臓の変化を起こした症例が報告されています(数頭規模の報告で、料理に使われる程度のごく微量まで同じ危険があると確かめられたわけではありません)。それでも、「うちはブドウを置いていないから大丈夫」ではないということは、知っておいてください。
連絡するときに、伝えていただきたいこと
- 何を(できれば包装・パッケージを手元に)
- どれくらい(残っている量から逆算できます)
- いつ(何時間前か。これで対応が変わります)
- 体重
量が分からないときは、多めに見積もって伝えてください。 「たぶん少しだけ」で伝えると、判断を誤らせます。
そのほか、待たないほうがよい目安
3つの場面ほど切迫していなくても、次のようなときは早めに動いてください。
- 何度も吐いて、水も飲めない・保てない(脱水/通り道が塞がっている)
- ぐったりしている/歯ぐきが白い/血やコーヒーかす様のものを吐く(ショック、出血)
- 便のようなにおいがする(下のほうで詰まっている)
- お腹が張っている/触ると痛がる(詰まり、腹膜炎、膵炎、胃捻転)
- ネコさんが、丸一日ほとんど食べない(とくに太めの子。肝リピドーシス。「2日まで待ってよい」ではありません)
- 子犬・子猫/高齢/持病がある(予備の力が少ないぶん、進みが速い)

5. ネコさんの「毛玉だから」を、そのままにしない
ここは、はっきり書かせてください。
毛玉にまとめて一気に吐き出すのは、長毛種のネコさんの得意技です。けれど、溜まりはじめてから吐き出すまでのあいだ、胃は十分に働くことができません。 食欲が落ち、消化も吸収も落ちます。おしっこのトラブルが出やすくなるのも、その時期です。
まず、胃液の中に毛が数本混じっている程度のときは、毛が嘔吐の原因ではありません。 吐いたものに毛が入っていたからといって毛玉のせいにしてしまうと、本当の原因が置き去りになります。
そして、冒頭でお話しした研究——慢性的に吐いているネコさん100頭の大多数から、小腸の慢性的な病気(腸の炎症、あるいはゆっくり進む型のリンパ腫)が見つかったという報告。ここから出てきた提案が、「草以外のものを、月に2回を超えて吐くなら、詳しく調べる理由になる」という線引きです。
私たちがお伝えしたいのは、毛玉のケアが要らないということではありません。 毛玉として対症的に処理するだけで終わらせてしまうと、その裏で進んでいるかもしれないものが、見つかるはずの時期に見つからないまま時間が過ぎてしまう——ということです。
では、毛玉にどう向き合うか
入口を絞る。 換毛期はブラッシングの回数を増やす一択です。1日1回を、朝晩に。胃に入る前に取り除くのが、いちばん確実で、いちばん体に負担のない方法です。
出口を作る。 毎日少しずつ飲み込んでいる毛は、飲み込んだ分だけを食物繊維に絡めてウンチに出せば、胃の中で玉になりません。 ポイントは、飲み込む毛の量と、絡めるための繊維の量が釣り合っているかどうか。換毛期は繊維も増やし、落ち着けば戻す——季節に合わせて、ごはんで調整してください。水分も同じくらい効きます。便が硬ければ、どれだけ繊維を入れても毛は先へ進みません。
土台を整える。 季節に関係なく毛が抜ける、フケが出る、痒がる、つやが落ちている——それは皮膚の側の話です。抜ける原因を正して、抜ける量そのものを減らすほうが根本的で、皮膚と被毛は、食事の質がいちばん早く現れる場所でもあります。
そして、毛玉を出すための製品には注意してください。 有害な添加物を多く含むため、病的な嘔吐の原因を上乗せすることになり、ひいては次の不調を引き寄せます。出すために入れたものが、次の原因になっては本末転倒です。
そして、それでも吐くなら、それは毛玉ではありません。 ここが、いちばんお伝えしたい一行です。
「対症だけで終わらせない」とは、こういうことです
毛玉のケアをして、吐く回数が減った。——それは良いことです。問題は、そこで観察をやめてしまうことです。
- 毛玉ケアをしても、月に2回を超えて吐き続けている
- 吐いたものに、毛がほとんど入っていない
- 体重が、じわじわ落ちてきている
- 便がゆるい日が混じる/うんちの回数が変わってきた
- 毛づやが落ちた/食べる量が前より少ない
このどれかが当てはまるなら、毛玉という説明では足りていません。 私たちが見てきた中でも、「ずっと毛玉だと思っていた」というお話は、本当に多いのです。

6. 食べたものが、数時間たっても形のままお口から出てくるとき
これは、時間で見分けられる数少ない吐き方です。
食べてすぐ、ごはんの形のまま、するっと出てくる——これは第1章の吐出です。食道の問題を疑います。
食べてから2時間、3時間、あるいはもっと経っているのに、まだ形の残ったごはんが出てくる——これは違います。胃の出口が通りにくくなっている可能性があります。
胃の出口を幽門といいます。ここが厚くなって狭くなる病気(幽門狭窄症、慢性肥厚性幽門胃症)があり、ワンちゃんでは中年以降の小型犬に多いことが知られています。シーズー、マルチーズ、ラサアプソ、ペキニーズ、プードル。オスに多い傾向があります。生まれつきのものは、ボクサー、ボストンテリア、ブルドッグなどの短頭種に見られます。
ネコさんではまれですが、若いシャムの子にほぼ限って報告があります。シャムでは食道が広がってしまう病気を一緒に持っていることが多く、自律神経の働きに背景があるのではないかと推測されています。
慢性的に、間をおいて吐く。体重が落ちてくる。水をよく飲む。元気がない。——こうした経過をたどります。
これは、栄養で治せる種類のものではありません。 構造の問題だからです。だからこそ、「食事を整えても、数時間後に形の残ったごはんを吐き続ける」ときには、構造の問題を疑うという順番を持っておいていただきたいのです。
同じように、食道が広がって動かなくなる病気(巨大食道症)もあります。ワンちゃんに多い病気で、大人になってから起こる場合、その3割ほどは重症筋無力症(神経と筋肉のつなぎ目に自分の抗体ができる病気)が原因です。よだれ、吐き戻し、そして動くほど疲れていくのが特徴です。
そして、離乳した途端に吐き戻すようになった子犬・子猫には、もう1つ疑うものがあります。生まれつき、心臓から出る血管の輪が食道を締めつけている状態(血管輪異常)です。ミルクのあいだは通るので、固形のごはんになった瞬間から始まります。 生後2〜6か月に集中し、兄弟より小さく痩せていることが多いです。これは手術で治せます。
なお、離乳前の、まだミルクだけの子が、飲んだあとに少しだけ戻すことがあります。人の赤ちゃんがげっぷと一緒に戻すのと同じで、空気を飲み込みやすい飲み方をしている子に起こります。 飲ませたあと縦に抱いて背中をさすり、げっぷを出させると減ります。手がかりは体重で、順調に増えているなら飲み方の問題であることが多い。ただし、少量でも何度もくり返す/咳やゼロゼロした呼吸がある/鼻からミルクが出る(口蓋の異常や誤嚥のことがあります)/元気がない——このときは、体重に関係なく早めに診てもらってください。
食道が広がってしまった子でいちばん怖いのは、吐き戻したものが気管に入る誤嚥性肺炎です。立たせたまま食べさせ、食後10〜15分は立たせておく。少量を回数多く。 ——これだけで、ずいぶん違います。ただしどろっとした液状がよいのか、団子状がよいのかは、その子によって逆になります。 食べさせ方は、検査の結果を見ながら獣医さんと決めてください。
7. 朝の、黄色い吐き戻し
早朝や、ごはんの前に、黄色から緑色の液体を吐く。元気も食欲もふつう。——この吐き方には名前がついています。胆汁性嘔吐症候群です。
空腹の時間が長く続くと、十二指腸から胃のほうへ胆汁が逆流してきます。胆汁酸は、胃の粘膜を守っているバリアを壊してしまう性質があるため、そこに胃炎が起こります。
対応は、拍子抜けするほど単純です。食事の回数を増やす。あるいは、寝る前に軽く食べさせる。 空腹の時間を短くするだけで、それまで毎朝吐いていた子が吐かなくなることがあります。20例を追った報告でも、給餌のスケジュールを調整し、食事を見直すことで、多くの子が改善しています。
ただし、症状のない子に「予防のために」食事を変える理由はありません。 実際に早朝や空腹時に吐いている子に対しての工夫です。
そして、これはほかの病気が隠れていないことを確かめたうえでの話でもあります。食事の回数を変えても止まらない、体重が落ちてくる、便の様子も変わってきた——そのときは、給餌の工夫だけで済ませずに、一度診てもらってください。
8. 食べ方を変えるだけで止まる吐き方があります
薬の前に、できることがあります。
早食い
一気に飲み込むと、空気も一緒に飲み込みます。 胃が急に膨らんで、そのまま吐き戻す。ドライフードなら、胃の中で水分を吸って膨らむぶんまで見込まずに食べてしまいます。膨らむ量を想定して食べられない、というのがドライフードの宿命でもあります。
ゆっくり食べさせる工夫(食器の形を変える、小分けにする)だけで止まる子がいます。
吐き戻しやすい子は、体重3kgあたり、水分を含ませてふやかした状態で20ml程度を「1回に胃へ入れる量の上限」の目安にしてみてください。これは1日分の量ではありません。 1回を小さくしたぶん、回数を増やして1日に必要な量を満たします。
なお、食器を高い位置に上げることについては、大型で胸の深いワンちゃんではむしろ胃捻転のリスクを上げたという研究があり、一律にはお勧めできません。
1回に入れる量と、脂肪の量
脂肪は、胃がごはんを先へ送り出す速度を遅らせます。 胃に長く留まるほど、吐きやすくなります。膵臓への刺激という意味でも、吐いている時期は脂肪を控えめにするのが理にかなっています。
そして少量を、回数多く。 1日3〜6回に分けると、1回に胃へ入る量が減り、送り出しも早くなります。
ごはんそのものが合っていない場合
ここは、2つに分けて考えてください。
すぐに吐く場合。 食べてから数分から数時間で吐く。同じものを与えるたびに、同じことが起こる。 ——ここまで揃えば、そのごはん(あるいは、その中の何か)が、その子に合っていないと考えてよい場面です。我慢して続けさせる理由はありません。変えてください。
ただし、「食べたあとに吐く」だけでは、まだ決められません。 早食い、食道の問題、胃の出口の通りにくさ(第6章)、異物、膵炎——これらも同じ時間の吐き方をします。「別のごはんに変えても、同じように吐く」なら、ごはんではなく体の側の問題です。
疑うのは、タンパク源、脂肪の量、添加物、そして質感です。1つずつ変えて確かめれば、たいてい犯人は絞れます。
じわじわ続く場合。 毎日ではないけれど、月に何度も。食べたあととは限らない。体重がゆっくり落ちてくる。——こちらは即時型ではなく、腸の粘膜で慢性の反応が続いているタイプです。この場合は、変えたごはんの答えが出るまでに2週間から4週間かかります。
大切なのは、この2つを混ぜないこと。 すぐ吐くのに「2週間は続けましょう」と言われて我慢させるのは、筋が通りません。逆に、じわじわ型なのに3日で見切りをつけてしまえば、せっかく合ったごはんを手放すことになります。
ふやかす、消化酵素の力を借りるといった工夫で、消化が容易で刺激の少ないごはんにしていくことも、同じ方向の手当てです。
刺激の少ない質感
見落とされがちですが、「何を食べたか」だけでなく「どんな質感で通ったか」も、吐くかどうかを分けます。
そのままのドライフード、フレーク状のウェットフード、そしてふだんのお水。これらが喉から食道を通るときの感触そのものが刺激になって、吐いてしまう子たちがいます。
- ドライフードは、ふやかしたうえで、さらに乳鉢であたる。 先にふやかしておけば、胃の中で膨らんだあとの体積で食べることになるので、胃が想定外に張りません。ぬるま湯で、粒がやわらかくなるまで(熱湯は、熱に弱い栄養を壊すので避けてください)。必要な水分と、消化酵素サプリメントを一緒に混ぜると、さらに効果的です。
- ウェットフードは、包丁で細かく刻む。あるいはミルサーでペースト状にする。
- お水は、粒子の細かい、口当たりのやわらかいものに変える。
こうして喉ごしをやわらかく整えるだけで、吐く回数が減ることがあります。 中身を変える前に、まず質感から試していただきたい理由がここにあります。
水の飲み方
一気に大量に飲むと、それだけで吐きます。 胃が急に伸ばされることそのものが刺激になり、迷走神経を通じて吐き気の号令がかかるからです。飲むときに空気も一緒に飲み込むので、なおさら胃が張ります。
とくに、水飲み場が1か所しかなくて、そこへ行ったときにまとめて飲む子。水飲み場を複数に分けると、1回あたりの量が減ります。 ネコさんでは、食器の隣ではない場所に、静かな置き場所をもう1つ作るだけで飲み方が変わります。
食べる場所と、気持ち
大脳からの入力も、嘔吐中枢に届きます(第3章)。多頭で暮らしていらっしゃるお宅では、「早く食べないと取られる」という状況が早食いを作ります。 場所を離す、時間をずらす、視線が合わないようにする。それだけで変わる子がいます。食べる場所が落ち着かない(人の動線の上、洗濯機の横)というのも、意外に大きな要因です。
吐き戻しやすい体質、ということ
食事やお水に対して過剰に反応してしまう子がいます。生まれつき食道が広い、といった構造の問題がなくても、神経が過敏になっている下地があると、少しの刺激で反射が起こります。
このタイプの子は、粘膜を守ること、食べ方を工夫することだけでは足りません。 過敏さそのものを一緒に整えていく必要があります。通常は「病的ではない」と判断されて経過を見るだけになりがちですが、食事やお水への過剰な反応は、病気を引き寄せる前に治しておきたいものだと、私たちは考えています。お迷いの際は、ご遠慮なくお声がけください。

9. 吐いた日の、ごはんについて
「吐いたら、まず1日絶食」——長いあいだ、そう言われてきました。けれどこの方法には、実は根拠となる研究がほとんどありませんでした。 昔からそうしてきた、というだけだったのです。
そして今、獣医療はこの方向を見直しています。長い絶食は、腸の絨毛(じゅうもう=栄養を吸い取るひだ)を痩せさせてしまうことが分かってきたからです。
絨毛の細胞は、腸の中を通る栄養を直接受け取って生きています。食べものが通らない時間が長くなると、この細胞から先に痩せて、隙間が空きはじめます。 腸の壁は「必要なものだけを通し、余計なものは通さない」という関所の役目を持っていますが、その関所がゆるむということです。すると、腸の中にいるはずの細菌やその破片が、体の側へ漏れ入ってしまいます。いわゆる腸漏れ(リーキーガット)の状態です。
食べさせるほうが、腸の守りを保てる。 今はこちらが主流になりつつあります。
具体的な目安として、安静時に必要なエネルギーの4分の1から3分の1くらいから始めて、1日3回から6回に分けるという進め方が示されています。
ただし、誤解しないでください。 吐いている最中に無理に食べさせる、という話ではありません。
ここでいう「早く」とは、吐き気の波が引いたら、そこから何時間も置かずに、ごく少量から始めてよいという意味です。「丸一日、何も入れずに胃腸を休ませる」という考え方をしなくてよい、ということでもあります。
時計で決めるのではなく、その子の様子で決めてください。 よだれが止まり、落ち着いて伏せていられるようになったら、それが合図です。逆に、まだえずいている、水を飲んでも戻す——このときは、まだ早い。「早く」は「急いで詰め込む」ではありません。
そしてネコさんは、この点でワンちゃんより切迫しています。 食べない状態が続くと、肝臓に脂肪が溜まる肝リピドーシスを起こします。「何日で発症する」というはっきりした境目はありませんが、丸一日ほとんど食べていない、という状況は良くありません。 まずは、食べられる状況を作るところから始めてください。お迷いの際は、ご遠慮なくお声がけください。
もう1つ。軽い急性の胃腸炎に、抗菌薬は必要ありません。 血の混じった下痢が出る場合でも、全身に感染が回っていないかぎり勧められていません。腸内細菌を乱すぶん、かえって回復を遅らせることがあります。
ごはんの始め方
自分から積極的に食べようとしないときの手順です。 吐いたあとケロッとしていて、食欲もしっかりある場合は、この限りではありません。
- 吐き気がおさまるのを待つ(数時間)。水は、少量ずつ何度も。一気に飲ませない。
- ふだんの食事の、4分の1から3分の1の量から。消化しやすい形(ふやかす・つぶす)で。
- 1日3〜6回に分け、脂肪は控えめに(第8章と同じ考え方です)。
- 吐かなければ、少しずつ量を戻す。 数日かけて元へ。
- 失った分を補う。 ここが次の章です。
10. 吐くことは、出すことであり、失うことです
ここが、このページでいちばんお伝えしたいところです。
吐くたびに出ていくのは、食べたものだけではありません。消化液そのものが出ていきます。 そして消化液には、体が必要としているものがたっぷり含まれています。
カリウム
胃液にも腸液にも、カリウムが多く含まれています。吐くこと、下すことは、ワンちゃんにもネコさんにも共通する、低カリウム血症の非常に大きな原因です。
カリウムが足りなくなると筋力が落ち、首が下がる、歩けなくなる、という形で現れます。そして食欲そのものが落ちます。 吐く → 失う → 食べられなくなる → さらに失う。この輪から出られなくなるのが、いちばん避けたい経過です。
水溶性のビタミン(B群・C)
B群は水に溶けるため、ほとんど体に貯めておくことができません。食べられない日が続けば、さらに不足するのがここです。
ビタミンC。 ワンちゃんもネコさんも、人と違って肝臓でビタミンCを作ることができるため、ペットフードでは丁寧に扱われていません。健康な子ですら不足しがちなのですから、 吐き続け、食べられず、代謝が落ちている子にとっては、必要な量を確保できていないと思うほうが安全なのです。
(同じB群でも、B12だけは肝臓に少し蓄えがあります。ただしB12には別の弱点があり、それは次の項に書きます。)
1つ、面白い事実があります。腎臓の療法食には、B群とカリウムがわざわざ強化されています。 腎臓の子は多尿でこれらを失い続けるからです。つまり「食事だけでは足りないことがある」ということを、獣医療の側も製品の設計で認めているわけです。
コバラミン(ビタミンB12)
コバラミンは、小腸のいちばん先(回腸)で吸収されます。ですから腸に問題があると、真っ先に足りなくなります。 ワンちゃんの慢性の腸の不調では、19%から61%にコバラミン不足が見られ、しかもこれは経過が良くない目印になることが分かっています。
長いあいだ、コバラミンは注射でしか入らないと考えられてきました。それが変わりました。 2022年の比較試験で、1日1回の飲ませる方法が、週1回の注射と同じだけ効いたことが示され、2024年の追試でも同じ結論が出ています。ネコさんでも確かめられています。
チアミン(ビタミンB1)
これは、手作りごはんを作っていらっしゃる方にこそ知っておいていただきたいことです。
チアミンが不足すると、神経の症状(ふらつき、瞳孔が開く、けいれん)が出る前に、食欲不振と嘔吐が先に来ます。 よだれ、体重の減少もこの時期です。
生の魚には、チアミンを分解してしまう酵素(チアミナーゼ)が含まれています。 コイやニシンにはとくに多く、実験では23日から40日で症状が出ています。ヒラメ、タラ、サメ、ボラなども同じです。
加熱すればこの酵素は働かなくなります。ただし、加熱そのものでもチアミンは壊れます。 つまり生でも加熱でも、魚を多く使うごはんではB1が足りなくなりうるということです。
だから、補うのです
AAFCO栄養基準に準拠した総合栄養食であっても、手作りごはん(生食でも加熱でも)であっても、ビタミンとミネラルの補充は必要です。 これは私たちが長く申し上げてきたことですが、吐いている子では、その必要性が何倍にもなります。
入れているつもりの量が、出ていく量に追いついていない。 吐いている子で起きているのは、多くの場合これです。
そしてもう一つ。胃酸を作るにも、電解質のミネラルが要ります。 消化液が足りなければ、消化が不十分なまま腸へ送られ、それがまた次の不調を呼びます。消化酵素サプリメントの力を借りて消化そのものを助けると、胃の働きすぎが落ち着いていく——そういう経過を、私たちは何度も見てきました。
補い方には、コツがあります
1回にたくさん入れないでください。 吐いている子の胃は、量そのものに反応します。同じ一日分でも、3回以上に分けて食べさせるほうが確実です。 水に溶けるものは水に溶かして、少量の水分と一緒に。吐いた直後は、吐き気の波が引くまで少し待ってください。 慌てて食べさせると、その刺激がまた引き金になります。
そして、続けること。 水に溶けるビタミンの多くは、体にほとんど貯まりません。「今日追加した分は、今日で使い切り」と考えてください。だから毎日なのです。
逆に言えば、食べられた日から、体は使いはじめるということでもあります。何週間も待つ必要はありません。目に見えるところでは、食べる量、目のちから、毛づやのつやめき、そして吐く回数——このあたりから動きはじめます。
順番が、逆なのです
ここまで読んで、こう思われたかもしれません。「吐いている子に、サプリメントを足したりして大丈夫だろうか」と。
順番が、逆なのです。
代謝と解毒を回しているのは、ビタミンB群であり、ミネラルです。それらが足りないから、代謝が回らない。解毒が追いつかない。臓器が誤作動を起こす。 その結果として現れているものの1つが、嘔吐です。
そして吐けば、その足りていないものが、さらに失われます。吐くたびに、原因のほうが深くなっていく。 これが、私たちがいちばん断ち切りたい輪です。
つまり——足りないから吐く。吐くから、もっと足りなくなる。
大事なことは——足りないもの、失われているものを、補充することです。
「どれだけ失われたか」を正確に量ることは、誰にもできません。けれど、水に溶けるビタミン(B群・C)は、体が使う分だけ使い、残りは尿へ回ります。 だからこそ、足りない状態を続けるより、多めに食べてもらっておくほうが理にかなっています。
ミネラルは、これとは少し事情が違います。 ミネラルには、個別の仕事とは別に、互いに関わり合って働く「仕事仲間」を持つものがあります。そのため足りない1つだけを大量に、というやり方には向きません。 からだが望む使い方を考えた、一人ひとりに適切な組み立てが必要です。
AAFCO栄養基準に準拠した総合栄養食を食べていても、手作りごはんを丁寧に作っていても、吐いている子には足りない栄養があります。
私たちがサプリメントをご用意しているのは、まさにこの場面のためです。吐いている子に、安心して補っていただけるものを。 ——それが、20年余りご相談を受けてきた中で、いちばん必要なことだと感じています。
どれから始めればよいか迷われたら、その子の吐き方と、今のごはんを教えてください。今、その子に必要な方法を一緒に考えましょう。

11. 「入れない」という手立て
ここまでは、入ってきたものをどう処理するか、失ったものをどう補うか、という話でした。もう1つ、忘れてはならない方向があります。そもそも入れない、という対応です。
血液に乗って回ってきた不要なものは、延髄の見張り番(CRTZ)を刺激して吐き気を起こします。体に入ってくる不要なものが多いほど、引き金は増えるということです。
お口から入ってくる化学物質が原因の嘔吐は、「入れない」ことに尽きます。 ごはんはもちろん、猫砂、洗剤、柔軟剤、芳香剤、アロマオイル、殺虫剤、防虫剤、そして新築やリフォームの建材から出る物質(シックハウス症候群の原因になるもの)まで。人が「なんとなく気持ち悪い」と感じる濃度は、床に近いところで暮らすシッポちゃんにとって、もっと濃い濃度です。
そして、体についたものは、そのまま口へ入ります。 ネコさんは毛づくろいをしますし、ワンちゃんも同じです。 お散歩から帰れば、肉球には除草剤や街路樹の消毒剤、排気ガスの粒子がついています。それをお部屋に持ち込み、寝る前には舐めることもあるでしょう。お散歩から戻れば、全身を濡れタオルで拭う、足を洗うという習慣ひとつが、立派な手立てになります。
(暮らしの中の化学物質については、別のコラム「化学物質のために」でくわしくお話しします。)
神経の過敏さも、同時に整える
嘔吐には、神経が過剰に反応しているだけという場合もあります。第8章で触れた、食事やお水に対して過剰に反応してしまう子がこれです。過敏にさせてしまう理由は、大きく2つに分かれます。
1つは、ごはんに含まれる刺激物質です。 添加物、酸化した脂、質の低いタンパク源。この場合は、質感をやわらかく整えても解消しません。ごはんそのものを変える必要があります。
もう1つは、ごはんやお水が通ること(=刺激)への反応です。 こちらは、神経の働きを司るビタミンやミネラルが足りていないことが背景にあることがあります。神経が信号をやり取りするにも、その信号を適切なところで止めるにも、B群とミネラルが要るからです。足りないから、過剰に反応する。 そういう見方をしてみてください。
代謝がきちんと回っていれば、粘膜や神経の細胞は正常に生まれ変わり、免疫の釣り合いも整っていきます。 その代謝を支えているのが、ビタミンB群やミネラルといった補酵素・補因子です。
入れない。溜めない。回す。補う。 ——嘔吐という1つの症状の裏で、必要なことは結局これに尽きます。
12. 胃酸を止める前に、考えておきたいこと
吐いている子に、胃酸を抑える薬が出されることがよくあります。ファモチジン(ガスター)、オメプラゾール(オメプラール)、ランソプラゾール(タケプロン)、エソメプラゾール(ネキシウム)といった名前です。
ここについては、獣医療の側が自ら警鐘を鳴らしています。米国獣医内科学会(ACVIM)が2018年に出した合意文書は、消化管を保護する薬は「最も多く使われ、かつ最も乱用されている薬の1つ」であり、「そもそも必要かどうかが分からないまま使われている」と、はっきり書いています。
- ファモチジンは1日1回では効果が乏しく、1日2回でもプロトンポンプ阻害薬に劣る。 使い続けると効きが落ちることも指摘されています。H2ブロッカーとプロトンポンプ阻害薬を併用しても、上乗せの効果はありません。
- 原因のはっきりしない胃炎に、胃酸を抑えることが効くと確かめた研究は、いまだに1つもない。 それでも広く使われています。
- 急にやめると、胃酸の分泌がかえって跳ね返ることがあります。やめるときは少しずつ減らします。
私たちが引っかかっているのは、ここです。
胃酸が本当に出すぎているのかどうかを、確かめる手立てがないまま、抑える薬が出されている。
そして、抑えれば抑えたで、失うものがあります。ビタミンB12、鉄、カルシウム、マグネシウム、亜鉛。 これらは、吸収するのに胃酸を必要とする栄養素です(人での長期使用の研究から分かってきたことで、ワンちゃんネコさんで必ず不足すると確かめられたわけではありません。ただ、吸収に胃酸が要ることは動物でも同じです)。
胃酸は、不要なものではありません。入ってきたものを殺菌し、タンパク質を消化し、ミネラルを溶かして吸収できる形にするための、必要なものです。
そして「抑えたことが、かえって亢進を招く」——薬をやめたときの跳ね返りとして、これは実際に起きています。からだの中でも、同じことが起きていないでしょうか。 足りないから絞り出そうとして、絞り出しすぎる。他の臓器でも見られることです。これは確かめられた事実ではなく、私たちの推測です。けれど、確かめないまま抑えるという今のやり方に対して、問いを持っておくだけの理由はあると考えています。
胃酸を抑える薬が要らない、というのではありません。潰瘍があるときなど、抑えなければならない場面はあります。お伝えしたいのは、「とりあえず胃薬」で長く続いていないかを、ときどき見直していただきたいということです。
13. 吐き気止めという薬のこと
吐き気を止める薬にも、いくつか種類があります。第3章で書いたとおり、嘔吐中枢には4つの入口があり、薬によって、塞ぐことができる入口が違います。 ですから「効かないから量を増やす」ではなく、「別の入口を塞ぐ薬を試す」という考え方に切り替えることも必要になります。
マロピタント(セレニア)
日本で犬猫用として承認されている、いちばんよく使われる吐き気止めです。中枢からの刺激にも、胃腸からの刺激にも、どちらにも効く唯一の系統で、これは他の薬にはない特徴です。
副反応として知っておいていただきたいのは、注射のときの痛みです。国内試験でネコさんの30.8%、米国の試験では33.9%に、中等度以上の痛みの反応が出ています(ワンちゃんは3.7〜4.8%)。薬を冷やして打つと和らぐことがあります。ほかに、前肢の震え、よだれ、食欲不振、下痢、元気消失。
そしてネコさんでは体からの抜けが遅い——半減期が19.9時間と、ワンちゃんの7.75時間の2.5倍以上あります。5日間続けて使うと、体の中の量が2.5倍まで積み上がります。
この薬の添付文書には、こう書かれています。
「消化管の通過障害あるいは有害物質の摂取により嘔吐していることが疑われる犬及び猫には投与しないこと」
「嘔吐は重篤な衰弱を伴う場合があるため、嘔吐の原因となる基礎疾患を究明し、必要に応じて、本剤の投与と共に食事管理や補液等の他の支持療法を実施すること」
詰まっている疑いがあるとき、毒を口にした疑いがあるときは、この薬を使わない。まず原因を確かめる。 そして「薬だけで終わらせず、食事管理も並行して行う」——これを書いているのは、私たちではなく、その薬を作っている会社自身です。
これはセレニア1剤についての注意ですから、「すべての吐き気止めについて国がそう言っている」とまでは読めません。それでも、原因を確かめる前に症状だけを消すのは、この薬の説明書自身が想定していない使い方であることは確かです。
そして、くり返しになりますが——セレニアは、注射の痛みだけでなく、副反応も小さくない薬です。 心と体に与える負担が、それなりに大きいということを覚えておいてください。
先生のお勧めだけに頼らないでください。 その子が今どんな様子で、どんな吐き方をしていて、それが何日続いているのか——それを知っているのは、あなただけです。 その情報と照らし合わせて、本当に今、この薬が要る場面なのかどうかを、ご自身でも考えてみてください。
ただし、すでに処方されている薬を、自己判断でやめたり減らしたりはしないでください。 疑問に思ったことは、そのまま獣医さんに伝えてください。「この子は昨日から吐いていません」「今日は自分から食べました」——その1言が、薬を続けるかどうかの判断を変えます。
メトクロプラミド(ボミットバスター錠、プリンペラン)
犬猫用として承認されているボミットバスター錠の中身は、メトクロプラミドです。 胃腸を動かす働きと、吐き気を止める働きを併せ持ちます。
知っておいていただきたい副反応は、手足や頭のふるえ、落ち着きのなさ、首の傾き、ふらつきです(錐体外路症状といいます)。「薬を飲ませたら、様子がおかしい」と飼い主さんが気づける副反応なので、名前を覚えておく価値があります。よだれ、下痢、便秘、ネコさんでは興奮も。
なお、ボミットバスター錠には嗜好性を高めるために魚由来のペプチドが使われています。 魚にアレルギーのある子では注意が必要です。そしてネコさんでは、ワンちゃんほどの吐き気止め効果は期待しにくいことも分かっています。
胃腸を動かす薬に共通する、大事な原則
メトクロプラミド、ドンペリドン、シサプリドなど胃腸の動きを助ける薬は、消化管が詰まっている・穴が開いている・出血しているときには使ってはいけません。 動かすことで、かえって悪くなるからです。「吐いているから胃腸を動かす薬」が、詰まっている子には最も危険な薬になる。 ここは覚えておいてください。
そのほか
オンダンセトロンは胃腸からの刺激に強く効き、マロピタントで止まらないときに使われます(便秘、眠気など)。クロルプロマジン等は広く効く古い薬ですが血圧を下げるので、脱水している子には輸液で立て直してから。抗ヒスタミン薬は耳からの入口=乗り物酔いに効きますが、ネコさんはワンちゃんほど効きません(乗り物酔いの予防はマロピタントのほうが確かで、出発2時間前に飲ませた試験で吐いたのは7%、何もしなかった群は55%でした)。いずれも人の薬です。
人用の市販薬をご家庭の判断で与えることは、絶対に避けてください。 用量は体重・持病・飲んでいる薬を見て獣医さんが決めるものですし、とくに乗り物酔いの市販薬は、製品によって配合されている成分が違います。
14. ワンちゃんとネコさんでは、吐く理由が違います
ひとことで言うと、こうです。
ワンちゃんの嘔吐は「何を食べたか」を疑う。ネコさんの嘔吐は「何の病気か」を疑う。
ワンちゃん
急に、1度きり、が多い。 そして原因の最も多いものは、口に入れたものです。拾い食い、誤食、食べすぎ、刺激のある人の食べ物など。若い子ほど多く、生後数か月に集中します。
英国の飼い主調査では、2週間のあいだに18.9%のワンちゃんが吐いていて、動物病院にかかったのはそのうち5%だけでした。「うちの子だけ」ということは、まずありません。
異物、胃捻転(第4章)、そしてアジソン病——「良くなったり悪くなったり」をくり返す、ワンちゃん特有の内分泌の病気で、慢性の消化器症状があるワンちゃんの最大4%に見つかります——も、ワンちゃん側の話です。食道の問題も、圧倒的にワンちゃんに多く見られます。
ネコさん
慢性で、くり返す。しかも「よくあること」として見過ごされてきた。
中高齢のネコさんが吐き続けているとき、必ず外しておかなければならないものが3つあります。慢性腎臓病、甲状腺機能亢進症、そして慢性の腸の炎症またはリンパ腫。
そして合併が、例外ではなく原則です。膵炎のあるネコさんの50〜56%に腸の炎症があり、32〜50%に肝臓の病気があります。胆管の炎症があるネコさんでは、最大83%に腸の炎症が併存します。腸・膵臓・胆管が同時に炎症を起こしている状態を三臓器炎と呼びますが、これは珍しいことではありません。
ネコさんの膵炎は、ワンちゃんのように「激しく吐いて、お腹を痛がる」ということは見られません。「なんとなく元気がない」で経過します。 だから分かりにくいのです。
そして、食べないことがワンちゃんより危険です。 この点は第9章に書いたとおりです。
薬の効き方も違います。前庭のヒスタミン受容体が乏しく、CRTZのドパミン依存度も低い——だから抗ヒスタミン薬もメトクロプラミドも、ワンちゃんほどには効きません。「犬に効いた薬だから、猫にも」とはいかないということです。
年齢という、もう1つの物差し
若い子が吐いたら、まず口に入れたものを疑う。中年から高齢の子がくり返し吐くなら、体の中を疑う。 若いころは吐かなかった子が吐きはじめたのなら、それは「体質」ではなく「変化」です。
そして、吐き方だけでなく、そのまわりを見てください。 水を飲む量が増えていないか。食べているのに痩せていないか。便の様子が変わっていないか。この3つが、腎臓・甲状腺・腸の病気を早く見つける手がかりになります。
15. それでも止まらないときに、疑うこと
食べ方を整え、栄養を補い、それでも吐き方が変わらないとき。そのときは、食事の外にも原因があります。 詰まり、胃腸そのものの慢性の炎症や腫瘍、腎臓・肝臓・膵臓・甲状腺・副腎、脳や耳、そして薬の副作用——嘔吐は胃腸だけの症状ではありません。
そして、見た目は元気なのに危ないものが3つあります。
- 胃捻転の初期 … まだ歩けるし、意識もある。空えずきだけ。
- アジソン病(ワンちゃん) … 「治った」と「また悪い」をくり返す。預ける・旅行する・環境が変わるといった負荷で悪化します。
- ネコさんの慢性嘔吐 … 本人はケロッとしている。だから何年も見過ごされます。
こうしたものが疑われるときは、病名を探す作業も、対症的に抑える作業も、それだけでは解決にはなりません。 そして原因が何であったとしても、第10章の手当てをやめる理由にはなりません。 原因がはっきりしている子ほど、吐き続けているあいだに失われているものは大きいからです。補うことは、原因への対処と並べて行うものであって、どちらかを選ぶものではありません。
調べてもらうときに、持っていくとよいもの
私たちは、必要のない検査や投薬を避けたいと考えています。けれどそれは「調べない」ということではなく、むだな遠回りをしないということです。そのために役立つのが、第2章のメモです。
- 吐いた記録(いつ・何を・どんなふうに・直前・直後・頻度)
- 体重の推移(月に一度でも)
- 吐いている場面の動画(1本でも)
- 今飲んでいる薬・サプリメントの、すべての名前
- ごはんの内容と、変えた時期
これがそろっていれば、獣医さんは「嘔吐」という広い入口から、ずっと手前で絞り込めます。逆に、これが無いまま「吐きます」とだけ伝えると、広く浅く調べるところから始まってしまいます。 こうしたリストは、私たちにご連絡いただく場合にも役立ちます。
そして、出された薬については、「これは何を目的にした薬ですか」「どんな副反応がありますか」「やめるときは、どうやってやめますか」の3つを聞いておいてください。とくに3つめは、胃酸を抑える薬のように、急にやめると跳ね返るものがあるためです(第12章)。
16. 腎臓の子の吐き気について
腎臓の働きが落ちてくると、本来なら尿に捨てられるはずの不要なものが血液に残り、それが延髄の見張り番(CRTZ)を刺激して吐き気を起こします。
この吐き気に対しては、第13章でお話ししたマロピタント(セレニア)が使われることがあります。ネコさんを対象にした二重盲検の試験(41頭が参加し、33頭が2週間を完遂)でも、嘔吐の回数は確かに減りました。
ただ、この薬は注射の痛みがネコさんの3割ほどに出るもので、よだれ、食欲不振、下痢、元気消失といった副反応もあります。 そしてネコさんは、この薬が体から抜けるスピードがもともと遅く(半減期はワンちゃんの2.5倍)、続けて使えば体の中に積み上がっていきます。※この薬は主に肝臓で分解されるので、蓄積そのものは腎臓の働きとは別の話です。ただし腎臓の子は、体全体の予備の力が落ちているということは、頭に置いておいてください。
そして、同じ試験で、もう1つのことが分かっています。食欲も、体重も、活動性も、思ったほどには戻らなかったのです。
吐き気を止めることと、その子が食べられるようになることは、同じではありません。
私たちが20年余りのあいだに見てきた中では、吐き気そのものを薬で押さえ込まなくても、穏やかに過ごせた子たちがいます。
失われ続けているものを、失われるそばから補い続ける。 水分。カリウム。水溶性のビタミン。——ただしこれらは、足りなくなっているもののごく一部でしかありません。腎臓の子の体では代謝も解毒も落ちていますから、それを回すために要るものすべてが、同時に足りなくなっています。
そこを、まとめて満たしにいく。すると、吐く回数が目に見えて減っていく。 そういう経過を、我が家でも、ご相談いただいたお宅でも、何度も見てきました。最期まで、吐いて苦しむことなく過ごせた子たちがいます。
医薬品が全てではありません。 腎臓の状態も、その子の体力も、ひとりずつ違います。
「もう薬しかない」「できることはない」と言われたとしても、まだできることは残っています。 補い続けるという、地味で、けれど確かな手当てが。
何をどう組み立てればよいか——その子の検査の数値と、今のごはんを教えてください。今、その子に必要な方法を一緒に考えましょう。
むすび
吐くという行為は、からだが自分を守ろうとしている姿でもあります。不要なものを、腸を通す前に外へ出す。 その働きを、理由も確かめずに薬で押さえ込んでしまえば、出そうとしていたものは体の中に残ります。
けれど同時に、吐き続けることは、生きるために必要なものを失い続けることでもあります。出すべきものが無いのに吐いているなら、それは守りを通り越した消耗です。
この二つを見分けることが、このページでお伝えしたかったこと。
一番はじめに必要なことは、高価な検査でも、強い薬でもありません。いつ、何を、どんなふうに吐いたのか。直前はどうだったか。直後はどうか。 原因を紐解く鍵を握るのは、毎日そばにいるあなただけです。
そして、見分けがついたら——入口を絞り、出口を整え、足りないものを補う。 順番はいつも同じです。
きっと、ご自宅でしてあげられることがあります。
判断に迷われたときは、どうぞご相談ください。日中お時間の取れない方や、緊急のために24時間受け付けております。
嘔吐のためのサプリ・フード
不足しやすい栄養を補う、毎日の土台。C&R/ベジタブルエンザイム
植物由来の酵素を、ごはんにプラス。アルティジャーノ液体酵素
発酵の力を、毎日の食事にひとさじ。NinnaNannaDelica/甘酒
麹由来のやさしい甘み。飲む発酵食。ニンナナンナ デリカ/プロラクト
麹由来の菌の力で。クート/ボーンブロス
食が細い日の、そっとした後押しに。MSM
すこやかな体づくりに。MRN-100 高機能π(パイ)ウォーター
毎日の水分補給に確かな力を。タヒボNFD(健康茶)
身体をいたわる、NinnaNannaの健康茶。
これらは治療薬ではなく、獣医さんの治療に代わるものではありません。持病があったり、治療中のお薬がある場合は、原材料と使い方をご確認のうえ、かかりつけの先生にもご相談ください。
*NinnaNanna(ニンナナンナ)では、シッポを持つ家族の総称としてシッポちゃんと呼びます。
また 犬 をワンちゃん、猫 をネコさんと敬意を以て表現しています。




